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第12回

持続的金融の流れ加速 投融資カギは脱炭素(下)

(本記事は第10回「持続的金融の流れ加速 投融資カギは脱炭素(上)」の後半になります。)

「3本柱」整う


 玉木氏はまた「インフラのグリーン転換は極めて長期的な投資になる」と説く。資金の有力な出し手になる政府部門は、新型コロナ対策で財政が極度に圧迫されており、長期資金を運用する年金基金や生命保険、資産運用会社の役割に期待が高まる。玉木氏は「(これら金融機関が)長期資金をいかにグリーンシフト(脱炭素)に沿ったものにしていくかが課題」と指摘した。
 機関投資家をはじめ金融機関に対しては「エンゲージメントがうまくいっているかも重要」との考えを示す。エンゲージメントとは機関投資家などが対話を通じて投融資先のサステナビリティー(持続可能性)を促す努力。欧州の機関投資家の間では、エンゲージメントを通じてもビジネスモデル転換の展望が描けなかったり、取り組みが遅かったりする投融資先から資産引き揚げ(ダイベストメント)の動きが広がりを見せる。
 生保など日本の機関投資家や金融庁はダイベストメントに慎重だが、国際的な流れは欧州の先鋭的取り組みに傾いている。日本の国際企業にとって、企業価値維持と同時に成長資金調達面でも、気候変動対応の加速は待ったなしだ。
 他方、サステナブル金融の流れをより太くするには、経済社会システム転換のための巨額・超長期の資金ニーズに対応しつつ、投資成果に結び付く魅力的な金融商品の開発・提供が求められる。その際には直接的なグリーン事業だけでなく、脱炭素移行を支える間接的グリーン事業もサステナブル金融の対象にする必要がある。金融商品の充実による脱炭素移行資金の流れの強化につながると期待されるためだ。
 さらに、移行資金の流れを創出するには公的部門の保証といったリスク低減措置が不可避なほか、①事業の収益性やリスクを的確に評価できる人材育成②環境と社会、企業統治を重視するESG(環境・社会・統治)経営に関する開示情報充実③ESG活動の効果を計測したり比較したりできるデータ整備・充実─も急がれる。
 国連環境計画金融イニシアチブ(UNEPFI)の末吉竹二郎特別顧問は国際通貨研のシンポジウムで、ESGをめぐる諸課題を考慮することは受託者責任の範囲内だとした国連の「責任投資原則(PRI)」に関し、06年に欧米中心に機関投資家、12年には保険に賛同が広がり、19年9月に世界の200超の銀行がPRIの輪に加わったことで、「サステナブルファイナンスの3本柱がようやく整った」との受け止めを示した。
 末吉氏によると、かつては資産運用においてESGを考慮することは受託者責任違反だったが、PRIによって「違反しない」に変化。「現在ではESGを考慮しないことが受託者責任の違反になる」と大転換が図られた。
 さらに、世界有数の金融グループ、アリアンツや国際的保険グループ、チューリッヒ、米国最大の公的年金基金であるカリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)など欧米中心に31の機関投資家(昨年8月3日時点)は、50年までにGHG排出ネットゼロ目標と整合性のある投資ポートフォリオを実現すると約束する国際的イニシアティブ(運動)に参加している。
 世界有数の機関投資家、米ブラックロックのフィンク最高経営責任者(CEO)は20年1月に「気候変動は投資リスクだ」と言明し、同10月には「10年以内に全てをサステナビリティーで判断するときが来る」と言い切った。末吉氏は同CEOの発言を引用して、機関投資家によるサステナブル金融の取り組みが不可逆的段階に入ったとの認識を示した。
 ブラックロックは実際、昨年12月に気候変動の要素を個別銘柄や運用資産全体の信用状態、価格変動に関するリスクに加味して計測するツール「アラディン・クライメット」の提供を開始した。このように国際的な資金運用の世界では、脱炭素移行が既に強く意識されている。
 他方、気候変動問題への対応の成否は、個々の企業の盛衰に大きな影響を及ぼす。欧米国際企業が気候変動対策を加速させる背景の一つにも挙げられる。米マイクロソフトは昨年、GHG排出を30年までに実質ゼロにすると宣言。25年に事業で使用するエネルギーを100%再生エネとするほか、革新的グリーン技術開発に10億㌦を投資すると表明した。さらに、50年までに1975年の創業以来の排出と同量のGHGを削減すると踏み込んだ。末吉氏はこの取り組みを「カーボンマイナス」と評価する。
 米IBMも30年までにGHG排出実質ゼロを目指すとし、25年までに10年比GHG排出量を65%削減。さらに、25年までに世界全体の事業消費電力の75%を再生エネとし、30年には90%に高めるなどとしている。30年実質ゼロを掲げるアップルは今春、全製品をリサイクル材だけで生産する将来構想を表明した。


 

グリーンQE論も


 一方、日本企業の脱炭素の取り組み加速を図る上で、サステナブル金融の取り組み余地はなお大きい。3メガバンクが新規石炭火力発電への融資の原則停止方針を示すなど、日本もサステナブル金融に大きくかじを切ろうとしている。
 だが、欧米金融機関の取り組みははるか先を行っており、仏BNPパリバ銀行は石炭関連事業の収入が全体25%以上の取引先の新規受け入れを停止する。米シティグループも燃料炭事業が全体25%以上の企業への融資残高ゼロ方針を打ち出した。英ロイヤル・バンク・オブ・スコットランドは、低炭素化への明確な計画を持たないエネルギー関連企業への投融資を、段階的に停止する。
 サステナブル金融の潮流がますます勢いを増す中で、各国金融監督当局や中央銀行の間でも、脱炭素が重要なテーマになっている。金融庁や日銀も参加する「気候変動リスク等に係る金融ネットワーク(NGFS)」は昨年6月、温暖化対応が遅れると世界の国内総生産(GDP)が2100年までに最大25%失われるとの試算をまとめた。各国が今後、経済見通しや金融システムへの影響を分析・予想していく上で、この試算は「基礎」になると考えられ、将来にわたり日本を含めた各国の政策に大きな影響を与えると見込まれる。
 イングランド銀行は既に、気候変動リスクに対する銀行などの耐性を測るストレステスト(財務健全性の審査)を実施し、21年中に結果を公表する方針を打ち出した。フランスなど他の欧州の中央銀行も、ストレステスト実施を前向きに検討している。
 末吉氏によると、英国ではまた、金融機関の健全性などの規制当局である金融行為監督機構(FCA)が「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」(企業の気候変動への取り組みや影響に関する情報開示の枠組み)に準拠した気候変動リスク開示を、上場企業に求める方針を決定。21年1月からロンドン証券取引所上場の一部有力企業から適用し、25年に完全義務化する。
 日本も金融庁が、持続可能な経済成長に向けた投融資の在り方を検討する有識者会議を発足。金融機関や企業の取り組みの検討に着手した。銀行に気候変動の財務への影響分析を求める方針で、まずは3メガバンクが対象になる見通し。また、脱炭素移行のための事業構造転換を図る企業に対し、銀行によるコンサルティングや融資を求めることも視野に入る。日銀も金融機関のリスク管理を点検する考査に、気候変動要素を加味する方針を示している。
 一方、スウェーデンの中央銀行リクスバンクは19年に外貨準備として保有していたオーストラリア州政府債やカナダ州政府債をGHG排出量の多さを理由に売却(ダイベストメント)したのに続き、21年からは環境に配慮しない企業の社債を購入資産から除外すると打ち出した。
 イングランド銀行も過去に買い入れた社債に関し、気候変動リスクに基づいた銘柄入れ替えの是非を検討する方針など、欧州の中央銀行の取り組みは早く大きい。欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁は、金融政策の立場から気候変動問題解決に働き掛けることに強い意欲を示している。ECBでは金融市場に資金を供給する量的緩和策の一つとして、グリーンボンド(環境債)を購入する「グリーンQE」の導入論が浮上している。
 日銀は「気候変動リスクを過度に意識することは中央銀行に求められる中立性に反する」(理事OB)とし、金融政策運営は気候変動リスクと一線を画すべきだとの考えが根強い。ただ、サステナブル金融の潮流は民間、ECBなどの中央銀行を問わず、欧州でますます加速する下、グリーンQEを含めた「グリーン対応」を日銀が今後迫られる可能性は否定できない。

※本稿は「金融財政ビジネス」2021年5月13日号に掲載されました。また、掲載された後、日銀は気候変動に関する取り組み方針等を発表しています。

執筆:時事総合研究所客員研究員 堀 義男(ほり・よしお)


81年時事通信社入社、経済部配属。大蔵省(現財務省)、通産省(現経済産業省)、日銀、財界、商社などを担当。93〜97年ロンドン特派員。経済部・産業部次長、産業部長、編集局専任局長などを経て解説委員。21年4月から時事総合研究所客員研究員。



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